リュウズの言象

 そのとき、微骨のあたるような音が、こつん、とちいさく響いた。
 西向く士の月のさいごの日の晩には腕時計のリュウズを巻いて、日付けを一日すすめること。けれども、ときどき巻くことをわすれて、29日であったり31日のままであったり、そのままもう一日ほどやりすごしてしまうこともあって、そんなときはたいてい明くる日の昼をすぎたあたりにふと腕時計をみやったとき、あぁそうだったと、うっかり読みとばしていたうしろのページへあとずさりするかのように、すこしためらいがちに、けれども言葉そのものはためらうことなく、きえることによってあらわれていく日付けがひとつの言象として、景色のなかから引き寄せられていく。
 暦のうえでありえない、思いちがいの余剰のような日があるとして、リュウズの言象がそんな一日をやりすごすための、ちいさな骨音として発せられるひとつの言語となるように。




*最新号 scene 38/ 2022年6月31日発行
次号 scene 39/ 2022年9月31日発行予定
*「リュウズの言象」は、西向く士(2月・4月・6月・9月・11月)、つまり31日(もしくは29, 30日)がない月に、暦のうえではありえない31日をこしらえて、その日を発行日としたペーパーエッセイです。

photo by tomoko yoshida